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東京高等裁判所 昭和43年(ネ)965号 判決

控訴人

京急横浜自動車株式会社

右訴訟代理人

橋本延男

外二名

被控訴人

本所金作

外三名

代理人

木村和夫

外四名

主文

一、被控訴人本所金作、同大熊芳夫に対する本件控訴を棄却する。

二、原判決中被控訴人利根川八郎、同黒岩要三郎に関する部分を左のとおり変更する。

横浜地方裁判所が同庁昭和四〇年(ヨ)第九七五号仮処分申請事件について、昭和四一年八月二九日なした仮処分決定は、その第二項中右被控訴人らに関する部分を、控訴人は右被控訴人らに対し、昭和四〇年一一月以降毎月二八日限り別紙債権目録記載の各金員を仮りに支払え、と変更して認可する。

三、訴訟総費用は全部控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一被控訴人ら主張の申請の理由(一)及び(二)記載の事実は当事者間に争いがない。

二被控訴人らは、まず、控訴人が被控訴人らの懲戒解雇の根拠とした就業規則は、従業員に対する周知方法がとられていないから、無効であると主張する。しかし、〈証拠〉を総合すると、会社は昭和二六年頃就業規則を制定し、昭和二九年一月五日これを横浜市労働基準監督署に届出で、爾後被控訴人らの所属する蒔田営業所にも備付け、従業員からの届出によつて随時閲覧できる状態にあつたことが認められ、〈証拠判断省略〉就業規則について周知方法を欠くものとはいえない。右主張は理由がない。

三つぎに、被控訴人らは、本件解雇は、労基法二〇条三項所定の行政官庁の認定を受けてなされていないから無効であると主張する。しかし、右認定を受けることは解雇の効力発生要件ではないと解するから、右主張もまた排斥を免れない。

四控訴人は、被控訴人らには、会社の就業規則三一条四号、一〇号及び一三号に該当する所為があつたと主張するので判断する。

〈証拠〉を総合すると、被控訴人らは別紙稼動目録(一)記載のとおり、申請外岡本ショールーム及びみずほタクシーに雇われて働き、前者からは日当一、二〇〇円を、後者からはその日の稼ぎ高の三五パーセントにあたる金員(約三、〇〇〇円)を夫々得たことが認められ、これに反する疎明はない。

就業規則三一条一〇号が懲戒解雇事由の一として「会社の承認を得ないで在籍のまま他に雇入られたとき」と定めるのは、従業員が就業時間中は勿論のこと就業時間外においても他と継続的な雇傭関係ないしこれに準ずる関係に入るときは、その者の会社に対する誠実かつ完全な労務の給付が困難となり、経営上支障を来すことから、使用者において企業秩序を維持するため、一律にこれを禁ずる趣旨のものであると解するのを相当とするから、被控訴人らが、右認定のように岡本ショールーム及びみずほタクシーに雇われて働いたことは、右就業規則条項に該当するものといわなければならない。被控訴人らは、右の稼動は臨時のいわばアルバイトに過ぎないと主張するけれども、その然らざることは既に認定したところから明らかである。なお、被控訴人らが昭和三九年一一月一一日頃以降待期扱とされたことは当事者間に争いがなく、前掲各疎明によれば、会社は同人らに対しては、会社の構内ではなく神自交本部で待期することを認めるなど通常の待期扱の場合と異なつた取扱をしていることが認められるけれども、そのことから直ちに、同人らの前記所為が右条項に該当しないものとはいえない。

なお、本件に現れた全疎明によつても、被控訴人らに右の所為のほか、就業規則三一条四号又は一三号に該当する所為があつたことを認めるに足らず、又右の所為が同時に右四号に該当するものとはいえない。

五そこで進んで、会社が被控訴人らに就業規則三一条一〇号に該当する所為があるとしてなした本件懲戒解雇が、同人ら主張のように解雇権の濫用であるかどうかについて判断する。

前項認定の事実に、〈証拠〉を総合すると、次のとおり認められる。

(一)  被控訴人らを含む約六〇名の会社蒔田営業所の従業員は、従来神自交に加盟し第一組合を組織していたところ、昭和三九年一一月一〇日開催された同組合の臨時大会において、神自交の内部紛争に端を発し、同組合はあくまで神自交に留まるとする被控訴人ら四名と、神自交に反対するその余の者のグループとの二つに分れ、被控訴人ら(但し当時入院中であつた被控訴人黒岩要三郎を除く)は、右大会を継続し役員選任を行なつて、被控訴人木所金作を同組合支部長に、同利根川八郎を同副支部長に、同黒岩要三郎を同書記長に、同大熊芳夫を同会計部長にそれぞれ選任したとする一方、右後者のグループは即日右黒岩を除くその余の被控訴人らを組合から除名したとして紛議を生ずるに至つた。そうして、右後者のグループは直ちに第二組合を結成し、この組合が第一組合を承認したものであるとの見解の下に、会社に対しユニオン・ショップ協定に従い右黒岩を除く被控訴人らの解雇を要求し、これが容れられないにおいてはストライキも辞さない勢を示した(なお、第二組合は被控訴人黒岩については、同年一二月九日除名のうえ、同様会社に対し解雇を要求した。)。

(二)  右第二組合員らは、さらに、同年一一月一一日から右営業所周辺においてピケットラインをはり、右黒岩(当時公傷で入院中)を除く被控訴人らが就労するのを実力で阻止するの挙に出た。この事態をみた右営業所長石川敬文は、右被控訴人らを強いて就労させれば、同人らと第二組合員との間で傷害事件の発生等の大事に至る虞があり、また、右被控訴人らを就労させることによつて会社と第二組合との間には紛議を生ずる可能性があることを考慮し、一方被控訴人らと第二組合との間の対立抗争は遅くとも二週間後には解決するものとの予想の下に、即日独断で右被控訴人らに対し爾後待期扱にする旨申渡して就労させない措置をとり、後刻会社首脳部に報告して諒承を得た。なお、被控訴人黒岩に対しても同様の事態が予想されたので、同人の就業が可能となつた同年一二月中旬頃同様の措置がとられることになつた(右認定の事実のうち被控訴人らが待期扱とされたことは当事者間に争がない。)。

(三)  会社は、被控訴人らと第二組合の関係が不明確であつてユニオンショップ協定の効力の及ぶ範囲に疑問があるとして、前記解雇要求を容れなかつた。これに対し第二組合はストライキには出なかつたが、昭和四〇年四月頃まで実力により被控訴人らの就労阻止を続け、その後は同人らが前示営業所構内に立入ることは認めたものの、同人らの解雇に至るまで同人らの就労を認めないとの姿勢を崩さなかつたので、会社は同人らを引続き待期扱のまま推移せしめた。

(四)  ところで待期扱というのは、昭和三九年四月二〇日成立した会社と従業員の所属する組合との間の協約により設けられた制度で、行政処分により運転免許を停止されたため、或は、当日の配車の都合等のため、出勤日であるにかかわらず乗務できない従業員に対し、社内で待期を命じたうえ、社内外において会社の指示する作業に従事させ、基本給に、諸手当のほか、歩合給にかえて一日八時間につき二〇〇円の待期手当を給するものである。なお、会社は被控訴人らについては、叙上のように第二組合員により就労が阻止されている事情を考慮し、待期場所も前記営業所ではなく神自交本部とした。

(五)  被控訴人らは、歩合給にかえて待期手当を支給されるのみでは収入の減少が著しいとして会社に対し、第二組合の阻止を排除して就労させるか、或は、平均賃金を支払うよう求めて前後一九回にわたり交渉を重ねたが、会社は、就労阻止は組合内部の問題に由来するのであるから組合同志で話合のうえ解決すべきものであるとの態度をとり、右交渉及び三十数回にわたる第二組合との交渉において、右趣旨を繰返し述べ、両者の間の話合について斡旋の労をとることにはやぶさかでないうという以上に特に積極的な態度をとつたり、具体的な措置に出たりすることをしなかつた。これは、会社としては、被控訴人ら四名を就労させるときは、右第二組合ないしその上部団体をして態度を硬化せしめることになり、この組合又は上部団体と会社との対立抗争が激化すること必定であり、かくては、前記蒔田営業所はもとより会社全体の命運を賭ける結果になりかねないことを虞れたからであつた。

(六)  被控訴人らは、一方で右のように会社と交渉を重ねながら、他方既に認定したように昭和三九年一二月中旬頃から他で稼働するに至つた。

かように認めることができ、〈証拠判断省略〉

右認定の事実に基づいて按ずるに、第二組合員の被控訴人らに対する就労阻止は、許されないものであるのみならず、会社に対しても、その業務妨害に外ならないから会社は当然これが排除を求め得るものである。ただ、排除の時期と方法は、諸般の情勢を考慮して、会社が経営者としての叡智により決すべきところである。しかし、本件の場合被控訴人らを乗務せしめないで待期させるべき場合に該当しないこと前認定のとおりであるから、会社がこの措置に出たことは失当といわなければならないけれども、前記のように第二組合が実力により被控訴人らの就労を阻止するという突発異常の事態に対処して当面の緊張を緩和し傷害事故等の発生を未然に防止するため応急臨時の方法として待期させることにしたのはその当時としてはやむを得なかつたものといわねばならない。ところが、右対立の状態は当初の予想に反し早期に解決する見込がたたず、会社としては、被控訴人らを就労させるのは得策でないとの情勢判断をしていたのであるから、被控訴人らが待期により蒙るべき不利益を可及的に補填すべきことを考慮すべきであつたといわなければならない。殊に、被控訴人らは控訴人に対し、就労させるか或は平均賃金の支払を求めて交渉を重ねていたのであるからなおさらのことである。しかるに、会社にはこれを考慮した事蹟のみるべきものなく、ただ、被控訴人らと第二組合に対し話合による解決を求めるのみで荏苒日を過したことは適切なものであつたとはいえない。

一方、会社の前記就業規則三一条一〇号の趣旨は前に認定したとおりであるが、本件においては被控訴人らは待期扱とされ、本来の業務に就き得なかつたのであるから、同人らが既に認定したように他で稼働したとしても、右就業規則の意図した生産性の維持という目的に直接には相反することがなかつたものというべきである。

他方、被控訴人らが会社に対し就労させるよう要求を重ねるのみで自らの努力により局面の打開を図ろうとはせず、待期扱となつた一か月後には早くも会社に無断で他で稼働するに至つたことは経営秩序を紊るもので軽率失当の譏を免れないけれども、会社が同人らに対する待期扱という不当の措置を是正するの挙に出ないまま、待期扱による不利益を緩和するためにした被控訴人らの前記所為を就業規則条項に該当するとしてこれを懲戒解雇したことは、徒らに同人らの非を責めるにのみ急なものであつて、酷に失するといわざるを得ない。

従つて、被控訴人らに対する本件解雇は解雇権の濫用であつて無効であり、同人らは会社の従業員たる地位を有するものというべきである。

六最後に保全の必要性について判断する。

(一)  〈証拠〉によれば、被控訴人らはいづれも会社から受領する賃金を唯一の生活の資とする労働者であり、他に生活を支えるに足る資産等を有しないことが一応認められる。このような労働者が解雇により従業員たる地位を失い、賃金の支給を絶たれることは生活の方途を失うことであつて、ために、本案判決の確定を待つては回復することのできない著しい損害を蒙る虞のあることはみやすい道理である。控訴人は、被控訴人らは容易に他で就業し、会社で働いた場合以上の収入を得ることができるものであり、また、現に同人らは他で稼働して相当の収入を得ているから保全の必要性は存しないと主張するが、被控訴人らは会社のした本件解雇を争つているのであるから、(1)の事実はそれだけで直ちに本件仮処分の必要性を喪わしめるとはいえないばかりでなく、これを肯認するに足る疎明もないし、また、〈証拠〉によると、被控訴人らが本件解雇後である昭和四〇年一〇月頃から昭和四一年一一月頃までの間他で稼働したことが認められるけれども、それだけでは未だ本件仮処分の必要性がないものとすることはできない。

(二)  ところで、〈証拠〉によると、被控訴人木所、同利根川、同黒岩は、本件解雇後である昭和四〇年一一月から昭和四一年一一月までの間別紙稼働目録(二)のとおり前示みずほタクシーで稼働し、右目録記載の賃金(なお、被控訴人木所については同記載の休業補償費も含む。)を得たことが認められる。ところで、使用者の責に帰すべき事由によつて解雇された労働者が解雇期間内に他の職について利益を得た場合、使用者は労働者に解雇期間中の賃金を支払うにあたり、右利得金額を賃金額から控除することを得るが、その限度は平均賃金の四割の範囲内にとどめらるべきものであるから、右の事実は、右被控訴人らの賃金仮払の仮処分の必要性を勘案するについて考慮さるべきものである。けだし、右認定の賃金の額及び稼働日数からすれば、右被控訴人らの得た賃金は右の利得に外ならず、また、被控訴人木所についての右休業補償費もその実質において賃金にかわるものであるからである(なお、〈証拠〉によると被控訴人利根川は昭和四〇年九月頃から昭和四一年六月頃まで、同大熊は昭和四〇年一〇月頃から昭和四一年一一月頃までそれぞれ申請外神奈川富士電機月販株式会社に雇傭されていた事実が一応認められるが、果して幾許の収入を得ていたかは遂に疎明されないのでこの点は考慮しない。)。

なお、〈証拠〉によると、被控訴人らはいずれも昭和四〇年一〇月分(同年九月二一日から一〇月二〇日までの分であることは当事者間に争いがない。)まで賃金を支払われていたことが疎明されるから、同年一一月分(その支払期日が毎月二八日であることも当事者間に争いがない。)から仮払を命ずれば足りる。

(三)  してみれば、被控訴人らについては、仮りに控訴会社(京急横浜タクシー株式会社が本訴の係属中である昭和四二年一〇月一七日控訴会社と合併したことは本件記録添付の商業登記簿謄本により明らかである。)の従業員たる地位を定め、かつ、控訴人をして昭和四〇年一一月以降毎月二八日限り、それぞれ別紙債権目録記載の各金員を仮払せしめることを命ずるを以て相当とする。

七叙上説示のとおりであるから、横浜地方裁判所が同庁昭和四〇年(ヨ)第九七五号仮処分申請事件について昭和四一年八月二九日なした仮処分決定は、右認定の限度において認可さるべきものであるところ、原判決中被控訴人利根川及び同黒岩に関する部分は右と一部趣旨を異にするのでこれを変更し、また被控訴人木所及び同大熊に対する控訴はこれを棄却することとし、なお訴訟費用は全部控訴人の負担として主文のとおり判決する。

(岡部行男 川上泉 大石忠生)

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